2007年02月07日

別冊「aada」1998-2007

2月ですね。
別冊「aada」の季節です。

先日、懐かしいモノを見つけました。
10年くらい前に書いた短いお話です。
どうしましょう。と思いましたが、
内容が高校受験の話なんですね。
今、2月ですし。
じゃあ出すんべという結論になりました。

実は、今回のは私が初めて書いたお話なんです。
時は1998年、パソコンを初めて買った年です。
当時21才。大学3年、学生ですよ。

同じように学生の時作ったラジオドラマを文章化した
nostalgy」というモノもありましたが、あれは
大学卒業記念作品(2000年3月)だったので、
その1年以上前に作ったお話です。


今回も期間限定ページを作りました。
そちらに、全4話分を1ヶ月かけて
ちょっとづつ載せていこうと思っています。
アドレスはこちらです。

http://kokuhakumae.seesaa.net/

告白前
作:21才のozy
編:29才のozy


20代最後の別冊「aada」
3月まで期間限定のお届けです。

#2007年3月で限定ページは終了しました.
#あらためてこちらで再掲載していきます.


『告白前』

 左手にはアンダーラインで真っ赤に染まった日本史年表。右手には透き通るモスグリーンの下敷き。両手は埋まっていた。
 章夫(アキオ)の無実は明らかだった。

 二月十九日(土曜日) 朝日が眩しい高校受験当日

 車内の吊り革を必死に握りしめる渚と春菜。緊張をごまかそうと、二人は昨夜のTVドラマの話で盛り上がる事に必死になっていた。しかし、ドラマの内容はちっとも残っていない。彼女達の隣で側耳を立てていたOL風の女性のイライラは募る。

“本日も江ノ島電鉄をご利用いただき真にありがとうございます。藤沢発、鎌倉行き。次はくげぬま、鵠沼でございます”

 ヘッドホンを被ったサーファー風の男は大音量でサザンオールスターズを聞いていた。曲は『チャコの海岸物語』。しかも一曲エンドレスリピートである。同じ車両に乗り合わせている全員が、桑田佳祐による渾身の歌い出し、「♪抱きしめたい〜」を何度も何度も耳する。半径5m以内となれば、さざ波のSEで始まるイントロ部分までくっきりリアルだ。
 密集した住宅地を抜けると、車窓は海でいっぱいになった。乗り慣れない乗客達はいっせいに息を呑む。広がる海と空の境界線を見つめる、サーファーの潤んだ瞳。彼をそっとしてあげることが、隣人に出来る精一杯の優しさだった。海岸線を走る車内は、桑田佳祐の悩ましい歌声で甘く包まれていた。

 音が溢れる江ノ電に、渚と春菜の会話を心地良く聞いている中年風の男がいた。黒いトレンチコートに身を包むその男は、縦長に折り曲げた新聞紙を顔の前に構え、目は妙に薄目だ。車窓に浮かぶ江ノ島が徐々にしぼんでゆく。降車・乗車を繰り返す中、中年男は二人の女子生徒の背後へとじりじり近づいて来ていた。男の動きがピタッと止った。どうやら定位置に収まったようだ。縦長の新聞が静かに広がってゆく。

 章夫の目も、ギラギラ光っていた。

 どう見ても怪しい。僕は右隣にいる中年男に全神経をぶつけていた。今、この地球上で彼の行動を最も注目しているひとりかもしれない。左手に持っていた日本史年表に顔を向けてはいるが、僕の頭の先から足のつま先まで、中年男のことでタプタプだ。日本史の年号が、ミミズのようにうにゃうにゃ動いている。
 …後で考えてみると、この時の挙動不審な様子。確かに、怪しかったかもしれない。
 車内に流れていたBGM、サザンオールスターズの『チャコの海岸物語』が静かにエンディングを迎えていた。

“♪浜辺の天使を見つけ〜たのさぁー”

 中年男の目が変わった。来る。その瞬間、目の前にいる女の子に向かって南南東の方角へスッと手が伸びた。ビクっとする女の子。思わず周りを見渡す僕。彼女の横にいた同じ制服を着た女の子は、この行為にいっさい気付いてない。そういえば、この事件の前から彼女達の会話が既に無かった。…そうか、犯人はこのタイミングを待っていたんだ。
OL風は車内の広告をぼーっと見上げている。サーファー風は『チャコ』のイントロに心奪われていた。この犯罪を知る者は、もはや中年男と被害者の女の子、そして自分だけである事に気付く。
桑田佳祐は何事も無かったように、数十回目の歌い出しを始めていた。

“♪抱きしめたい〜”
 そうそうそう。鎌倉幕府。鎌倉幕府だよ。えーっと。良い国作ろう鎌倉幕府。良い国だろ。ヨイクニ。四一九二年。まてよ。家庭教師はヨイフクロウ。違う違う違う。
 やみ雲に、ただ混乱していた。


“次は南鎌倉高校前。南鎌倉高校前でございます”
 電車はゆっくり速度を落としてゆく。

 扉が開くスピードよりも速く、彼女はホームへと飛び降りた。くるりと振り返るなり、いきなりにらみ付けられる。ぼ、僕?
「ねエ!ちょっとアンタ!」
 …えーっと。やっぱり僕のことだよね、それ。
「聞いてんの?そこの『たのしい日本史年表・第四版』のアンタだよ!」
 あ、これのこと。今、捨てます捨てます。誰だ。こんなもの持たせたのは。
 彼女の友達もビックリした様子で、こちらを見ている。ちょっと待った。落ち着いて。落ち着こうみんな。
緊張した顔つきの学生達が大量にホームへ降りてくる中、二人の女の子から見つめられている。このシチュエーション。一見、うらやましいようにも思えるが。思えるか? あきらかに好意の目ではない彼女達。ひとりは殺気、もうひとりは驚異だ。
“プシュー”
 電車の扉が閉まる。無言のまま、この場を立ち去ってゆく江ノ電。諸行無常の響きあり。中年男を乗せて、今はもう遠い北北東の彼方である。
 鎌倉の山々。今日も綺麗だなぁ。

「アンタでしょ」
「ち、ちがうよ。僕じゃないよ」
 にらみ付ける顔が、一瞬嫌らしい笑顔に変わる。
「あらっ?どうして何も言ってないのにわかったのかしら」
 自分でも額から汗が吹き出てくるのがわかった。
「そ、それは…。いや、それは、僕じゃなくって、僕の横にいたおじさんが…」
 彼女は何かを確信したような笑みを浮かべている。この世の中に悪魔が存在しているのなら、たぶんこんな顔をしているのだろう。
助けを求めるように、僕は彼女の友達に目をあずけていた。まるで公園に捨てられていた子犬を見ているような、潤んだ瞳。おまけに彼女の家はペット禁止だ。そんな目をしている。
 はっと思いついたようにその友達は叫んだ。
「…渚!行こ。もうこんな時間」
「運が良かったわね、アンタ。今日は私達、急いでるの。でもね。次、会った時はアンタ」
 制服の袖を掴まれた悪魔は、そのまま駅の階段へと消えてゆく。左手に持っていた『たのしい日本史年表・第四版』は物凄い勢いで丸まっていた。

 あのおじさんの行為に気付いていながら、そのまま見過ごしていた自分。同罪だ。同罪。あの女の子の言う通り。僕も痴漢行為をしてしまったようなものだ。あぁ、僕はなんてことをしたんだ。どうしよう。謝らないと。ちょんと話さないと。ちゃんと。
 …ん? あ、あれ? 僕。今日、受験。


 学校へと続く長い登り坂を走りながら、春菜は彼のことが少し引っ掛かっていた。

 あのひとじゃないと思うけど…。



next(2/14)


ラベル:告白前
posted by ozy- at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ああだこうだ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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