2015年08月30日

らじってる

先ほど、ラジプロ2015のスタジオ観覧から帰って来ました。

本選にエントリーされた皆様、番組出演者の皆様、
お疲れ様でした。楽しい時間をありがとうございました。

自宅で予約録音していたラジオ音源をさっそく聞き返しています。

NHKラジオ第一
ラジプロ〜ラジオをプロデュース〜2015」(NHK509スタジオより公開生放送)
#本選エントリー作品は公式HPから聴くことができます.

番組オープニングのMC/鈴木あきえさんとのやりとりから

鈴木あきえさん
「みなさん、こんにちはー」
会場
「こんにちはー!!」
鈴木あきえさん
「ラジオ、好きですかー」
会場
「大好きでーす!!」
鈴木あきえさん
「好きかって聞いたのに、
 “大好きです”って返ってくるくらい、
 みなさんラジオ大好きなんですね」

ラジオ好きな我々は盛り上がってました。


途中、スタジオ観覧者の感想を聞くコーナーがあり、
私にもマイクがまわってきました。突然のNHKラジオの
全国放送デビューに心拍数が尋常ではなくなりました。

鈴木あきえさん
「では、後ろにお座りの方、メガネの掛けた方、
 どうでしたか? これまで聞いて」

「そうですね、あの。私自身、高校の時、
 放送部だったものですから、その時の
 熱い気持ちというものがよみがえってきました」
鈴木あきえさん
「特に印象に残っている作品は?」

「そうですね。あの。走馬灯はすごく画期的で、もう、て、てん、
 てんてき役でもいいのでちょっと出てみたいと思いました」
鈴木あきえさん
「(笑い)点滴役」

放送事故級のカミっぷりでしたが、
司会の鈴木あきえさんの神フォローに救われました。

あらためて、気持ちを言いたかったので、
こちらへしたためます。


高校の時、放送部に入って学んだことのひとつに、
“番組作りって楽しい”ってことでした。
学生の頃からテレビやラジオ、映画を作ってる人と
プロになってから番組作りを始める人との大きな違いは
そこにあると思います。
誰にも頼まれてないのに自分たちで勝手に作る楽しさ。
それを人に聴いたり見たりしてもらえる時の喜びは、
何モノにもかえられない興奮があります。

今回の本選エントリーの方はほとんど学生の放送部で
楽しんで作っているのが伝わってきました。
そのなかで唯一、社会人としてエントリーして
本選まで残った「走馬灯」の作者・永田諒さん自身に
私は拍手を送りたい。そんな気持ちでした。


ラジプロとは10代・20代が制作したオリジナルラジオ番組の
ナンバーワンを決めるコンテストということで、2009年から
開催されているようです。
2009年、私もう32歳でした。
もっと早くこのような番組と出会いたかったです。

あと、あのスタジオ控室のボツボツの穴のあいた壁。
元放送部員としては懐かしい空間でした。

ラジオ番組を作りたいという熱が
今またフツフツとたぎっています。

良いキッカケを沢山いただいた素敵な時間でした。


最優秀ラジプロ賞の同志社学生放送局の皆さん。
おめでとうございます。
今年12月にNHKラジオで全国放送される新作も
楽しみにしております。今回の「BAR “the Behind”」に
出演された うえだなおアナウンサーの続投を期待しています。

posted by ozy- at 23:51| Comment(2) | TrackBack(0) | ああだこうだ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月22日

あなたに 逢いたくて

佐々木 美子(萩原みのり)
「おはよう」
相葉 廉太郎(泉澤祐希)
「…。先生 待ってるから早くいくぞ」
谷 優里亞(吉本実憂)
「…、ハイハイハイハイ」
はいはいはいはい。夏の胸キュン祭り、はじまるよー。


香川 真琴(芳根京子)
「ねぇ、どこ行くの?」
桐星 成実(柴田杏花)
「ここ。誰かいる。
 私、霊感あるんだよね」

“謎の美少女”が良からぬ方向へ展開中。

表参道高校合唱部!』 第6話

廉太郎
「早くテノールに戻してほしいよ。
 俺、バスじゃないんだし」
美子
「私は、好きだけどな…」

背後の障子に隠れた優里亞・里奈(森川葵)ペア、
焦りすぎです。

優里亞
「美子って (相葉)部長のこと、好きなの?」
美子
「はっ? なにが。誰が誰に」
美子さん、わかりやす過ぎです。


美子
「どうすれば良い?」
優里亞
「まずは、相手と目を合わせること」

さっそくやってますね。

優里亞
「で、目があった瞬間に そらす」

うんうん、アドバイス通りです。

廉太郎
「なぁ」
美子
「えっ」
隣の優里亞先輩も嬉しそうです。

廉太郎
「言いたいことあるなら言えよ。
 何か気にさわることした?」
美子
「いや。別に何も」

優里亞先輩、にらみつけられてます。

美子
「話が違うけど」
優里亞
「おっかしいなぁ。雑誌に書いてあったんだけどな」

なんだかんだ、楽しそうです。


鈴木 有明(城田優)
「カモン。
 ♪あなたに 逢いたくて 逢いたくて」

高校合唱部映画の名作【うた魂♪】('08.4.6)へのリスペクトとして
しっかり受け取りました。




2015年08月20日

ああ 栄冠は君に輝く

FUNKY MONKEY BABYS「あとひとつ」が熱闘甲子園で流れていたのは
2010年夏。
東海大相模は甲子園で戦っていました。

当時、関東を離れて半年が過ぎ、
いままで意識してこなかった“地元”が
懐かしいと思えるお年頃でした。
そんなタイミングで我が母校・東海大相模が
甲子園へやってくることを知ります。
東海大相模 第一試合目の午前中、気付けば
甲子園に向けて自転車を走らせていました。

#参照日記/つぶやき「甲子園への道」まとめ(2010.8.11)


相模はその後も勝ち進み
いよいよ決勝戦、優勝まであとひとつのところで
対戦した相手は、我が父の故郷・沖縄代表 興南高校でした。

#参照日記/沖縄の血、相模の魂。(2010.8.21)


2010年8月21日 決勝戦当日。
少し早めに甲子園球場へ向かいましたが
満席で入場できず、アルプス席の裏で
ワンセグ片手に甲子園球場の歓声を
生で聞いていました。

試合終盤、外野席に入れましたが
興南の応援スタンドのオレンジ一色の
盛り上がりはいまでも忘れられません。

#参照日記/なつあと〜父への思い〜(2010.8.22)


翌年、春のセンバツに出場した相模。
決勝戦前日に大阪から地元・町田に戻ってきた私は
母校・東海大学相模高校三号館5F大ホールの
パブリックビューイングに参加し、
後輩たちと一緒に春のセンバツ優勝を喜びました。

#参照日記/これ我が母校(2011.4.3)


ただ、夏の甲子園・決勝戦
目の前で敗北を味わった
「あとひとつ」の想いは
いまでも胸に刻まれています。


あれから5年。
神奈川県大会で戦った横浜高校の思いをのせて
東海大学相模は甲子園出場。
沖縄県代表は、あの興南高校が5年ぶりに出場。
あの夏の「あとひとつ」を乗り越えるためにも
興南高校と対戦して欲しかったです。個人的には。

そして、今日。
甲子園球場で応援することはできませんでしたが、
仕事中でも、心はずっと甲子園球場に置いていました。
#仕事はしてください.

東海大学相模高校の皆様、優勝おめでとうございます。


posted by ozy- at 22:27| Comment(2) | TrackBack(0) | ああだこうだ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする