2015年03月14日

よりどころ

草野 和歌子(石原さとみ)
「“がんばれ”って言ってくれないんですか?
 たまに夜 さけんでるじゃないですか」
島田 航一郎(大沢たかお)
「あぁ。…違うって。
 “がんばれ”ってのは、人に言う言葉じゃないよ。
 あれは自分に向かって言ってるんだ」

そういうことだと思う。
最初は“言葉”にもなっていなかった
“思い”を自分の中で念じていたんじゃないかな。
いつか、その思いは“言葉”になって、
身体から出て行った。自然とさけんでいた。
自分に言い聞かせるように。

その言葉を聞いていた人は
さけんでいるその人に
勇気をもらったんだと思う。
“がんばろう”って。

思いが込められた言葉には、
人に伝わるチカラがある。
そのことを無意識にでも
感じ取っている人は、
頑張っている人に対して、
やっぱり“がんばれ”って
自然と声を掛けてしまう。
そういう光景もまた
素敵だと思う。


映画【風に立つライオン

ひとつの歌が、物語となって、映画になった。
いろんなものがバトンとして
ひとりひとりに手渡されていく。

それは最初の思いが、
純粋で永遠が詰まった結晶だったから、
それを受け取った人が
自然と誰かに伝えたくなる。
その繰り返しで生まれたのが
この映画だと思う。

エンディングで
もとになった歌が流れてきて、
物語のピースが
ひとつひとつ
はまっていくたびに
ひとつぶひとつぶ
こぼれていく。

最初に生まれた思いの結晶は
眩しいくらい、今なお光輝いている。




追伸。

2015年03月11日

自分のカケラ

数年前、転んで前歯が折れた場所に
先日、もう一度行ってみようと思った。
#2009年5月/自転車転倒事件(人生初の顔面血だらけになる)
#こけちゃいました('09.5.24)
#前歯が折れた件('09.8.19)
#「こけちゃいました」から一周年 ('10.5.22)

現場は通勤の電車から見える、線路沿いの
何気ない道路だ。毎日眺めている道。
いつの間にかそこを通り過ぎても
何も感じない自分がいた。

いつもは通り過ぎるだけの駅に、その日
降りてみた。

『LIVE! 』

駅から少し離れたあの現場は
入り組んだ場所にある。
しばらく線路沿いを歩いて、
車通りの多いひらけた道に出ると、右折。
あの信号を渡れば、現場はすぐそこだ。

信号に近づいている時、
思わず吹き出してしまった。
信号を渡った先に、
歯科医院があったからだ。

『LOVE! 』

現場は小さな川を渡るために
小さな橋がかかっている。
道路がせまく、後ろから
追い越してくる車を避けるためには
自転車を歩道に乗り上げないと、
危険な場所だった。

小さな橋は、かまぼこのようにこんもり
盛り上がっているため、小さな上り坂を
越えると、すぐ急な下り坂になる。
問題は橋を越えた連結部分が
ちょっとした くぼみになっていることだ。

当時、そのくぼみに私の自転車の前輪がはまって
顔面から地面に突っ込んだ。
スローモーションで転がっていく自分。
とっさに受身をとった右腕が痛い。
そして何よりも、口が痛い。
なんじゃこりゃと叫ぶくらい
どろっとした赤いのが口から出ている。
横に散らばっている白い歯が見えた。
たぶん私のだろう。

自転車が倒れ、人が倒れ、歯が折れている、
すぐ隣に歯科医院。傍から見ると、
「もうちょっとだ。頑張れ!」
と声をかけたくなる風景だったと思う。

この時、目の前の歯科医院に駆け込んでいたら
「折れた歯は拾いましたか?」
と聞かれたときも、すぐ拾いに行けたと思う。

実際は、自分の住む近所の市民病院まで
タクシーで向かい、着いた先で歯科医の
先生から上記の質問されている。
どうやら自分から生えた歯は、折れたとしても
くっつけることができるらしい。

『SING! 』

ああすればよかった。こうしておけば
もっと負担は少なかったのかもしれない。
今なら、考えることができるが
当時はそんな余裕はなかった。
このまま死ぬんじゃないかと思っていたし、
助かっても、元の状態には明らかに
戻らないだろうという確固たる絶望があった。

あれから数年が経ち、
なくなった歯には差し歯がはまり、
右腕の傷もほとんどわからなくなったが、
道端で転んだという事実はなくならないし
自分の歯は戻ってはこない。
これからも自分の歯が
生えてくることはないと思う。

ただこれだけは何度も言いたい。
あの時、血だらけになって倒れていた私を
近所の病院まで案内してくれた女性の方。
本当にありがとうございました。
そして、グチャグチャになった口の中を
いろんな器具を使って治療して下さった
市民病院の先生方、元通りの歯並びに
戻してくださった近所の歯科医院の方々、
心配を掛けた家族、友人、多くの方々に
支えられて、今こうして、おいしい食べ物を
食べて生きています。
この感謝の気持ちは一生忘れません。

生きて 愛して 歌うこと


posted by ozy- at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ああだこうだ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月01日

宇宙の果てまで

吉岡 美佐子(黒木華)
「じゃあ、なんでやってんの? 演劇。
 やめればいいのに」

俺、なんで放送部入ったんだっけ
と考えていた。

高校1年の春、部活説明会で
何とはなしに視聴覚室へ入った。

ここへ来る前、入学前から期待していた
山岳部の部活説明に行っていた。
勝手にピクニック的なイメージを想像して
いたのだが、ゴリゴリの体育会系だった。
中学時代、テニス部→天文学部→読書部と
いう流れで育った私にとって、
「あの山は高すぎる」
とピンと来たんだと思う。
入部しようか、どうしようか
考える時間が欲しくて、
クーラーのきいた視聴覚室にやってきた。

放送部の先輩の説明がひと通り終わったのだろう。
視聴覚室が突然暗くなった。
目の前のスクリーンに普段テレビでは
見られないような、手作り感満載の
番組が映し出された。
ドラマ仕立ての番組もあり、
その中のひとつに
トイレに駆け込む男子学生が
空いている個室を探して
各階を必死になって走りまわるという
作品があった。
意図はよくわからなかったが、
楽しんで作ってるんだろうなという
思いは伝わってきた。

なんとなく入部届けを出していた。
その年の新入部員は結局私だけが残り、
10月の文化祭が終わると
三年生8人と一年生1人しかいない放送部は
私ひとりになっていた。
1年生で部長という、なかなかの展開だった。

ただ“辞める”ということは
不思議と考えなかった。
先輩達が教えてくれた
“楽しむ”
という思いがずっとあったから、
お昼の放送も毎日ひとりで話して曲を流して
たまに頂くリクエスト曲に心から喜んだ。

そんな気持ちで日々過ごしていると、
ある日ふらっと入部希望者が来てくれるもので、
気がつけば高校3年になった時は
私が入部した時よりも部員数は多くなっていた。

結局、3年間まるまる放送部で過ごした。
楽しい思い出しかない。

彼女たちにとっても、
この時期が素敵な思い出になるよう
心から願います。


幕が上がる
#原作:平田オリザ / 脚本:喜安浩平 / 監督:本広克行