2014年11月16日

ごはんの香り

ギフ(鹿賀丈史)
「じゃあ ここで三人で暮らそっか?」
岩井さん(溝端淳平)
「それは無理です。
 だって完全にアウェーじゃないですか」

HOMEに対してのアウェー、岩井さん
うまいこと言います。


ギフ
「でも 家って 変わるんだよ。
 岩井くんがここで暮らせば、
 その跡は 必ず残っていく」
岩井さん
「上書きするってことですか?」
ギフ
「いや。重ねる って感じかな。
 昔のことはそのままで、
 薄いセロファンを何枚も重ねていく感じ。
 それが、年をとるってことかな」

一枚、一枚はホント透き通るくらい薄くて、
前に貼った一枚はすぐ下になって、
その前に貼った一枚も全然見えるところに
あるんだけど、何年も重ねていくと
けっこうな厚みになってたりするんですよね。

昔のやつとか セロファンがガッとはみ出してたり、
最初に方はもうパリパリに黄ばんだりして、
それがまた味になってたりするものです。

プレミアムドラマ『昨夜のカレー、明日のパン』 最終回「ご飯と銀杏」

路上コトバ師(星野源)
「この人、大切な人?」
テツコ(仲里依紗)
「はい」
路上コトバ師
「世界で一番?」
テツコ
「…はい。世界で一番」

テツコにとって、これがホントの
決別になるかもしれない。

テツコ
「ありがとうございました」
路上コトバ師
「お幸せに」
テツコ
「私、幸せになってもいいのかな」
路上コトバ師
「…、誰よりも幸せになってよし」

あぁ、ふわっと楽になって行く。
いいんだ。
忘れることなんてできないけど、
忘れようとしなくても良いんよだね。
これで良いのだ。
ねぇ、バカボン。


2014年11月15日

ありがとうの香り

幸か不幸か、
私にも姉がいる。
ふたりも。


映画【小野寺の弟 小野寺の姉

もうそれぞれが
別々に暮らしているが、
たまに来ては私のマンガを勝手に読んだり、
私が録画したドラマを見ていると
適当な距離を置いた状態で
あれこれチャチャをいれながら
見てくる。

あの人達をひとことで表すとしたら“姉”
正確には、下の名前の後ろに
“お姉ちゃん”を加えて、
“○○○お姉ちゃん”と呼んでいる。
このことからもわかる通り、
そこはかとない服従心を常に抱えている存在。
それがふたりの姉を持つ弟の真実だ。

それにしても、あの人達はなんなのだろうと
今回あらためて考えてみた。
一緒に住んでいた10代の頃とか、もう
外面も内面も全部見てきた関係性であることは
間違いない。
ただ、末っ子の私は途中参加なので、
なんなら生まれる前から知られているわけだ。

なんというか、かなわない。
生まれた時から絶対にかなわない存在だったわけだ。


映画の話をしよう。
子供の頃、弟のちょっとした不注意から
姉にキズを負わせることになり、
そのキズが姉にとって、その後の人生に影響する
ような存在になるなんて。
考えただけでも、おそろしい。
おそろしいが、こちら(弟)が気にし過ぎると
逆に姉に気をつかわせてしまう。
弟にできることは、なるべくそのキズについて
触れないようにすることぐらい。

ただ、姉のキズがこれからも残っていくように、
弟の中でも決して忘れることもない。
そんな状況が何年も重なった結果、畳の下の
1000円札という行動になるのだろう。
その1000円札の使い道を知った時、全国の弟たちも
スッと気持ちが軽くなったに違いない。


それはさておき、
ハロウィン・セールの時に姉(片桐はいり)がかけていた
サングラスはどこに売っているのだろう。
と、うだうだしてたら、ハロウィンはとうに過ぎていた。

なんと悲しい弟の日記なのだ。
もう読み返すこともないだろう。


2014年11月10日

カレーの香り

岩井さんの双子の兄(溝端淳平)
「その人でなきゃダメだなんていうこと、
 あるんですか?」
小田 宝(ミムラ)
「あるよ。…でもそれは 自分のことだけ
 考えている人には無理。
 人に喜んでもらうことを考えてる人だけが、
 そんなふうになれるんじゃないかな」

その人のことを思って
ああだこうだとコネクリまわして
できあがったものって、もうそれは
アナタにしか作れないものなんですよね。

プレミアムドラマ『昨夜のカレー、明日のパン』 第6回「蟻とオンナ」

虎尾(賀来賢人)
「お墓の中だってそうだよ。
 なか見たら、あんがい普通だった」

この夏、私も沖縄にあるお墓を開けてきましたが、
ほんと空いてるスペースにすっと納める感じでした。
まぁ、でもお墓のある場所が沖縄の高台にあって、
西にも東にも海が見える最高の見晴らしで、
ようやく沖縄に戻れて、父も喜んでると思います。


虎尾
「みんな慣れてくんだよね。
 一樹(星野源)のいない生活に。
 それが当たり前なっていくのに
 自分だけバカみたいに取り残されてさ。
 それでも 生きていくんだよね」

そんな気持を共有している人が
自分以外にもいるってことは、
どこか支えになってて、
それが帰る場所
ってことなのかもしれません。